2014.02.08

140207-SIA評論:鳴り響く「佐村河内守」協奏曲
2月8日13時-SIA国際フォーラム:ダボス会議のアベノミクス Porter

SIA評論バックナンバー紹介
2013年8月10日号:長崎の鐘、むなしく響く
2010年8月17日号:敗戦記念日に思う雑感、その?「軍国主義高揚映画と平和主義高揚映画」


SIAの佐々木です。2月7日午前中に配信を考えていました本日のメール遅くなりました。既に帰宅された企業関係者、大学関係者の方々は2月10日にご覧になる方も多いと思います。

例年年度末は混むため、年度末を跨ぐ重要案件については2月20日迄に連絡戴きたいとお願いしていたため急な依頼があり遅くなりました。翻訳、通訳、国際業務、語学研修、社員研修の相談は早めに連絡下さい。

以下、本日の公開版SIA評論です。


140207-SIA評論:鳴り響く「佐村河内守」協奏曲
2014年2月7日

2月13,14日のソチオリンピック男子フィギュアスケートに出場する高橋大輔選手の13日のショートプログラムでの使用曲、「ヴァイオリンのためのソナチネ」が、佐村河内氏の作品でなくゴーストライター新垣 隆(にいがき たかし)氏の作曲による物と判明し騒ぎとなっている。

新垣氏が隠れた作曲家として18年間佐村河内氏の依頼に応え作曲していたと2月5日明らかとなり、テンヤワンヤの騒ぎである。騒ぎの割りには新聞の筆が鈍く、テレビのいつもの正義感に満ちた叫びが今一つである。その理由は彼ら自身の呵責の念によるものかも知れないと思うが、私の考え過ぎかも知れない。

2月6日夜のニュースで新垣氏の記者会見を見ていて、新垣氏は実に誠実な人柄であるとの印象を受け感銘した。自ら共犯者と名乗り佐村河内守(さむらごうち まもる)氏への配慮を示したが、佐村河内氏がその配慮に値する人物であるか否かは、代理人を名乗る人物の話だけでは判然としない。その応答を見ると守るに価しない人物という気がするが、それは彼の物とされた曲を評価した人々に任せたい。

各マスメディアは、ウイキペディアも含め、慌ててこれまでの彼等の報道と今回白日の下に晒された事実との辻褄合わせに躍起のようであるのも申し訳ないが面白い。この様に書くと佐村河内氏がある種の愉快犯あると私が錯覚していると思われるかも知れないが、それは違う。

日本の病巣を表す鏡であると思っている。その点については後知恵による多言を労する愚は他人に譲りSIA評論のバックナンバー二点を皆さんの参考に供したい。2010年8月10日号「敗戦記念日に思う雑感、その?「軍国主義高揚映画と平和主義高揚映画」」と2013年8月10日号「長崎の鐘、むなしく響く」である。

私は今回の事件は「広島、長崎、原爆を食い物にする政治家、自称人道主義者、平和主義者の弊害」から生れるべくして生れた事件であると見ている。幸い高橋選手は「交響曲第1番 Hiroshima」を選んではいない。彼なりの感性で「ヴァイオリンのためのソナチネ」を選んだのであろうから自信を持って滑れば良い。こういった騒ぎが、時に競技に対する過度な緊張感を取り払い、往々にして良い結果を齎す物である。

音楽性、芸術評価と美談:もし多くの人が、佐村河内氏を被曝二世、聴力全失を持って同情し評価していたのであれば実に愚かな事である。それは見方によっては芸術を愚弄する傲慢な所作であり、音楽を冒涜する物である。多くの作曲家、音楽関係者、音楽愛好家がその経歴やもっともらしい話で18年間の佐村河内氏の音楽を評価して来たのであれば自らの音楽性に懐疑を向けるべきであり、その能力の無さを天下に示し恥をかかせた人物として彼を恨むのも良いし、又詐欺罪で訴え幾許かの損失を取り戻すのも良い。

しかし、新垣氏を責める人がいるとすると、それはお門違いであるので止めなさいと忠告したい。彼はそれだけの才能を持ちながら、必ずしも恵まれているとは言えない非常勤講師として働く傍ら、下請け作曲家としてささやかな収入を手にし、自らの曲が人々の心を豊かにしている事にささやかな満足を得ていた一庶民、あるいはそうせざるを得なかった埋もれた才能であり、被害者であったと見るべきであると私は思う。

世に声高にボランティア、奉仕を叫ぶ人々が実は強かな詐欺師である事はよくある話である。ただ私にとってもっとも残念な事は、彼の経歴(注1)を見れば懐疑を抱いて当然と思うが、なぜNHKを初めとする日本のマスメディアはこうも易々と騙され、感動的なドラマを仕立て上げるのか? 彼らは自らを社会の公器と称しつつ必要な検証も怠る職業倫理に欠けた、浅薄な人間理解と常識の欠如した集団に過ぎなかった事を今回の事件は示している。その点に私は残念な思いと怒りと恥ずかしさを感じている。(佐々木 賢治筆)

注1:所属プロダクションの紹介によると「4歳で母親からのピアノの英才教育が始まり、10歳でベートーヴェンやバッハを弾きこなして「もう教えることはない」と母から言われ、以後は作曲家を志望。」 中高生時代は作曲法を独学していたものの17歳で聴覚障害を発症。因みに学歴は崇徳高等学校。この学校は音楽学校ではない。(2014年2月7日ウイキペディア情報より佐々木が事件発覚前の記載箇所と思われる部分を抜粋し加筆)

それでは以下を参考に願います。

*****************
130810-SIA-評論:長崎の鐘、むなしく響く
2013年8月10日

昨日、8月9日夜のニュースで、田上富久長崎市長の発言の一部をニュースで聞いた、68年目の長崎原爆の日、長崎市主催「長崎原爆犠牲者慰霊祭平和記念式典」での挨拶である。長崎原爆犠牲者慰霊祭平和記念式典でのこの田上長崎市長の挨拶は「長崎平和宣言」として新聞にも全文が掲載されている。

しかし、空疎に響くばかりである。少なくとも私の琴線に触れるものではない。全文2246字からなるその文章を読み続ける事は、私には砂を噛む様な思いを引き起こす苦痛であり、途中で止めた。その原因の一つには認識の違いが有るせいかも知れない。例えば私は、学生時代日本の核不拡散条約(NPT)調印反対であり、学生大会で調印反対演説を演説を行っている。理想の実現に向けた現実認識の違いに本当の理由がある。

戦後の核廃絶、核兵器禁止運動は社会党、共産党が政治的道具として使いソ連、中国の核軍事力増強には沈黙して来た。広島、長崎への原爆投下とその惨状についても核兵器と戦争の悲惨さを一体化させた扇情的的な道具として利用し、九条擁護の便法として利用されて来た。今回も使われている。若い人に「被爆者の声を聞いた事がありますか」と呼び掛けている。そして自ら「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と応えている。被爆者の多くは日本人であり、日本語で発言しているはずであり、英語で話すならヒロシマズ、ナガサキズ、ヲーズ、ヒバクシャズで無ければならない。

戦後一世を風靡した歌、長崎の鐘はその歌詞、メロディーと藤山一郎の感情を抑え淡々と謳う歌唱力、技術に支えられた歌声と共に世に広がった。この一文もその歌を繰り返し聴きながら書いて来た。感情に訴える事に巧みな人の言葉よりも事実は時に雄弁である。時に無知とは罪悪である。以下はウイキペデイア等を引用し、私が一部修正した資料である。参考に一読願えれば幸いである。(130810-SIA評論 佐々木賢治)

長崎の鐘 作詞:サトウハチロー 作曲:古関裕而 歌手 藤山一郎


こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の 鐘が鳴る

召されて妻は 天国へ
別れてひとり 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き わが涙
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の 鐘が鳴る

こころの罪を うちあけて
更けゆく夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の 鐘が鳴る

核不拡散条約(NPT):核兵器の不拡散に関する条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)は1968年7月1日に署名開放され、70年3月5日に発効(日本は1970年2月署名、1976年6月批准。)

「長崎の鐘」は、永井隆が執筆した随筆。1949年1月に出版され、紙不足の当時としては空前のベストセラーとなった。同書をモチーフとした歌謡曲もヒット。さらに松竹により映画化され、版を重ねる。随筆作品は1946年8月には書き上げられていたが、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の検閲によりすぐには出版の許可が下りず、GHQ側から日本軍によるマニラ大虐殺の記録集である「マニラの悲劇」との合本とすることを条件に、1949年1月、日比谷出版社から出版された。

歌謡曲:藤山一郎、池真理子の歌謡曲。作詞サトウ・ハチロー、作曲古関裕而。1949年7月1日コロムビアレコードから発売された。藤山は自分の作曲による「新しき朝」を「長崎の鐘」に続けてステージで歌っているが、「長崎の鐘」を聴いて感動した永井が詠み、古関・サトウ・藤山に贈った歌であった。「長崎の鐘」の歌詞には原爆を直接描写した部分は全くない(当時の米軍の検閲をはばかったものと思われる)。藤山は1951年1月3日放送のNHK「第1回NHK紅白歌合戦」で本曲を歌唱し白組トリおよび大トリを務めた。紅白ではその後も3回歌唱された。
*****************


100817-SIA評論:敗戦記念日に思う雑感、その?「軍国主義高揚映画と平和主義高揚映画」
2010年8月17日

今年も、例年の如く姦しい程の、第二次世界大戦特集があった。

この夏NHKが報じたアッツ島玉砕のドキュメンタリーは出色であり、大変勉強になった。自らの施策、失敗による結果を美辞麗句と被害者を英雄として奉ることにより取り繕う事はいつの世にもあり、現在も続いている。アッツ島のドキュメンタリーは非常に示唆に富むものであったが、もしアッツ島の事例を軍国主義の帰結に過ぎないと見ている人があるとすれば、このこと自体、「平和絶対主義高揚思想」(筆者の造語)に踊らされている事になる。

8月15日のNHKの9時からの愛知一中を素材とした番組、「15歳の志願兵」を見たが、平和賛美の思想が強過ぎて深い所での人間理解に欠けたプロパガンダ映像を見ている様で不快感を感じた。どうも、昨今の(私が10年の滞米生活を終えて1986年3月末帰国以来常々感じている事であるが)NHKの歴史大河ドラマも平和主義高揚映画(これもまた、軍国主義高揚映画に対する対極概念としての筆者の造語)となっている。

藤原三代を描いた大河ドラマしかり、琉球王朝を描いた大河ドラマしかり、何れも史実に反する「絶対平和主義ドグマ高揚ドラマ(筆者造語)」となっていた。何れも人間に対する深い洞察は感じられず、幼児向けの勧善懲悪ドラマと同一レベルの作者、ドラマ制作者の意図が露骨に見える。露骨過ぎてレントゲン写真の人体を見せられたが如く不気味さを感じる。困った事に、こういったレントゲン写真は人間の醜悪さは一部垣間見せる事が可能かも知れないが、人の苦悩、市井の民、集団の心の織り成す襞は写しえぬ。

我々の様な市井の民から見ると、それなりの多大な予算と時間を使い、視聴率や書籍の販売を支えに膨大な収入を結果的に目論む人々や組織に立ち向かうには「?真理を求める情熱、?確かなるデータ、?透徹した冷静なる分析力」しかない。しかし、「?確かなるデータ」も「膨大なデータを駆使し、意図的な取捨選択と真理の埋没を図る人々や集団、更には時代の熱狂」に遭遇し、翻弄されるといつしか掻き消される危険性に富んでいる。その中で真実を掘り起こすには「認識の主体たる人間、そのものに対する深い理解、すなわち哲学」が重要となる。この哲学の社会的不足、特に日本の政治、経済、学術関係者、特にリーダーに不足している事が、今の日本の迷走に繋がっているとの見方もアナガチ誤りと言えない。

一個人として社会的な一時的狂騒と誤りに立ち向かうには、「人間の知性に対する深くかつ広い意味での心底の信頼」なくしては、こういった知的戦いは不可能である。多弁を駆使する人の美辞麗句と本音の間の乖離を識別する事は、彼等が巧妙な表現を駆使するだけに難解である。しかし、何れが正しいか判断する事は比較的可能ではある。

時間が経過するに従い色褪せる言辞、発言、文章は真実の含有量が少なく、時間の経過を経ても色褪せない言辞は、どうも真実に近い様である。

この夏の思いをこういった認識に立って、1年前の文書「090821-SIA評論:65回目の敗戦記念日を前に思う、裸の王様 第一回」を再提示する事により今日の所は、溜まっている仕事の合間を縫って披瀝します。ご意見を戴ければ幸いです。(文責 佐々木 賢治)
***********************

SIA評論講読希望、バックナンバーご希望の方は連絡下さい。

佐々木 賢治
SIA Inc. Sasaki International Academy
052-566-5526, skype: sia_inc
佐々木携帯090-6464-5526(ソフトバンク)

********************
国際ビジネス、語学のプロフェッショナルハウス
佐々木インターナショナルアカデミー
〒450-0002
名古屋市中村区名駅3丁目23-6
第二千福ビル2階
052-566-5526, Fax & Tel 052-566-5528
siabest@sun-inet.or.jp ブログ http://sia-nagoya.com/
http://www.sasaki-international-academy.com/
★ 語学教育、翻訳・通訳、国際ビジネスはSIA
********************



PHOTO

RSS2.0

login

a-blog cms